代表理事 令和元年6月のごあいさつ

2019年6月8日収録分代表挨拶

 先月は、新しい天皇陛下の御即位と同時にアメリカのトランプ大統領が来まして、そして新旧――「新旧」というと何か日本が”古い”存在のような感じがしてしまいますが――アメリカのような歴史が200年ぐらいしかない若い国と、天皇の御存在が126代も続いた日本という国。ちょうどトランプがやって来たことによって、如実に歴史の出会いというものに立ち会うことができ、大変意義深いことだと思います。しかし私は、以前から日本という国の存在は非常に世界的な存在である、あるいは国際的な存在であるということを主張しています。結局我々というのは戦前、いかに日本人が生きるか、つまり今までは日本のことを考えているだけで他はみな敵だったのです。アメリカが敵、ソ連も敵、中国も敵だ。全てが敵で、日本という国が常にそれに翻弄されてきたような考え方が、だいたい日本の歴史観の中にあります。それがある意味では、自虐史観とも言いますが、やはり我々がいろんなところから攻撃されているというような感じだけが常にあって、何か不幸な、犠牲になったような――特に知識人にそれが多いのですが、ある種「日本は駄目だ」「日本は常に遅れを取っている」と。そして、いわゆる保守主義者でもそういう言い方をするわけです。左翼が、今はもう言論そのものが退潮しているにも関わらず、似たような言論になってくるということがよくあります。それは何かと言いますと、西洋やアメリカを知らないということだけなのです。あちらに住んでいる方あるいは何年か住んでいた方も居られると思いますけれども、向こうに住むと、向こうの欠点とか大変なことが分かるのです。そういうことによって、相対的に日本が素晴らしいということが分かってくると、日本観が変わってくるわけです。ですから決して、外国にいることは羨むようなことではないのです。つまり外国に居ることによって、初めて日本が分かる。そういうことがあるわけです。

 それもいい加減な分かり方ではダメで、私が最初に行った外国はアメリカですけれども、アメリカの大学からいくら呼ばれても、何か行く気がしなくて、結局旅行だけはしますが、在外研究の機会を作らなかった。やはり本流はヨーロッパなのです。ヨーロッパという国は、今は本当にガタガタになっているように見えますけれども、やはりあそこからアメリカも出たし、キリスト教もそしてギリシャも出ているわけで、私はヨーロッパを研究するということが世界の中の日本を考えるうえで重要なことだろうと思っていたわけです。

 私が物心ついた頃にアメリカが日本を占領していたわけですけれども、あの時も、私は父親とか母親から敗戦したということを一度も聞いたことがないのです。やはり、そこにこういう人たちが居るということがただただ不思議な気がして、まだ小さくてどうにもならなかったのですが、自分が考えたことでした。やはりそういう戦後体験によって、占領ではないけれども、アメリカがいるとか西洋がいるという感じが常にあるわけです。それで、西洋とは何かをとらえなくてはいけないということで西洋に留学したわけです。

 それで言いたいのは、日本人がただ西洋に行って西洋の欠点を知る、あるいは西洋と違う自分を発見するというだけではなくて、西洋を知ろうじゃないかということが必要になってきます。やはり自分を知るためには、他人を知るということが必要なのです。このことは我々のような知識人……というとおこがましいですが、そういう問題だけを考えて生きている者にとっては非常に重要なわけです。つまり、西洋とは何かを学びたければ、西洋を徹底的に知らなければいけないということです。
 西洋を理解するということはどういうことかというと、ただ向こうの本を読むというだけではなくて、皆さんよく観光にヨーロッパに行かれる、あるいは世界各地に行かれると思いますが、世界でいちばん日本人として有名な人は誰かと言うと葛飾北斎なんですね。これは20世紀の終わりにそういうアンケートをやったら、世界の100人の中にたった一人だけ北斎が入っている。そしてイタリアはというと、レオナルドダヴィンチが世界の中の5位ぐらいに入っていて、これも不公平性 と言えば不公平なのですが、こういう天才でも5位です。つまりヨーロッパ、そして世界で第一の画家です。日本第一の画家あるいは日本第一の有名な人は北斎なのです。別に私が芸術をやっているからというのではなくて、こういうものなのです。いくら安倍さんが在任十何年となっても、100位に入ってこないのです。それから世界にそれがちゃんと残っているという、そのことの方がはるかに日本人の自信にもつながってくるわけです。ですからいくら「日本人が良い」「素晴らしい」と言っても、それがちゃんと正当に比較されることによって初めてその意義が分かってきます。そういうところまで言わないと、「日本が悪い」と思っている人にとっては、単なる依怙贔屓にすぎないというようなことになるわけです。あるいは愛国主義、パトリオティズムに過ぎないということになるわけです。やはりそういうことを、我々としても考えに入れなくてはいけないことだろうと思います。

令和元年6月8日:当会代表理事/東北大学名誉教授 田中英道