代表理事 平成28年1月のごあいさつ

 御存知のように安倍政権が、韓国との妥協のようなことをして、「従軍慰安婦」問題が解決済みみたいな格好にしようとしました。朝日新聞でさえ否定した「従軍慰安婦」の問題が、あたかも肯定されたかのように韓国には報道されています。この問題だけでなく、70年談話もそうですが、政治家の談話、あるいは発言は、ある意味で妥協の産物のようで、例えば村山談話とか河野談話などが、あたかも現政府が認めたかにさえ聞こえます。これは、厳密に言えば全くおかしなことですが、政治家の世界ではまかり通ってしまうことなのです。我々近現代の歴史家からは、一つ一つ一貫しないと、非難すべきことになる。そんなことばかりです。

 しかし、政治というもの、また外交というものが、ある面で妥協の取引で成り立っている時には、その内容をいちいち非難していても、我々は疲弊するだけです。そのことを考慮してある意味で沈黙することも、一つの処し方だろうと思います。政治評論、経済評論がいちいち具体的なことに対応するということに対して、我々歴史家は、ひとつ現実から引いて、ことの真実が何かという問題、そのことを我々が問うていく。そういう基礎的な事をしっかりと進めていくことが必要だと思います。いちいち時評的なことに対応していると、無力感に陥ることは必至です。どこに何が動いていくか一歩引いて、把握することが肝心です。

 何かあるたびに、いちいち対応してインターネットにしがみついている人がいますけれども、腹だけ立って、無駄な議論をすることになるわけです。しかし、それよりも我々は、現代のことでさえも歴史の中に沈んでいる事実を見定めて、自分たちで解明してしないといけない。その重要なことを一体誰がやるかという問題です。外務省とか役人たちの研究機関があるかというと必ずしもやっていない。やはり民間で、学者がこれまでの蓄積やいろいろな意味での学問的な視点をもとに研究をし、それによって論文という形で将来残すように、論理的に表明していく、研究を出していくことが必要だろうと思います。一言つけ加えれば新聞・雑誌の時評家の本はいかに多く出されても、明日は消えてゆきます。また、政治家・役人がやることには、ひとつの限界があるし、秘密をさらに秘密にしてしまうということがありうるわけです。

 新年第1回目の連続講演会で取り上げました原爆の問題でも、やはり本当に分かっていない部分があって、表面的な事実はウィキペディア等に書いてありますけれども、そうじゃない部分の割合が大きいわけです。そういうところを解明していくことが我々の役目だろうと思います。

 今マグロウヒル社の教科書問題が生じて、そこでいわゆる「従軍慰安婦」の問題が異常に取り上げられて教科書に載っています。これはやはり徹底的にやらなければなりません。やはり英語でやるということを恐れずどんどんやらないといけない。これは私たちもそのつもりで居りますから、日本国史学会が独自の取り組みをする必要があるだろうと思います。そして、従軍慰安婦にしても南京虐殺にしても、今目にしている嘘の情報に、我々がどのように対処するか。嘘がまかり通っている時に、われわれはどういう風に、立ち会ってゆくか。捏造の情報が蔓延し始めているということを我々が目の当たりにしているというところで、どういう風な態度を取るべきか。それを考えていきたいと思っています。

 今年もよろしくお願いします。

平成28年1月16日  当会代表理事/東北大学名誉教授 田中英道