代表理事 平成28年8月のごあいさつ

 一昨日イタリアから帰ってきました。ちょうどイタリア・ローマで大統領官邸もある中心的な場所、クイレナーレ宮美術館で日本仏像展が始まりました。ご存じと思いますが、ヨーロッパでは例えば美術品の60%はイタリアから出ている。アメリカ、それからヨーロッパ全体のミュージアムの60%はイタリアのものなのです。そういう古代ローマからの伝統が、やはり基本的にイタリアというところに集中している。ローマの方がはるかに長い歴史を持っていると思う方もいるでしょうけれども、これはとんでもない間違いで、日本がそれと対抗できるいちばん古い国なんです。

 そういう概念が果たしてイタリアで広まるかどうかは別ですけれども、私たちは、イタリアと日本というのはそういうある種の対立というよりも共立的な関係として歴史を見るべきです。この芸術という問題に関しても、イタリアと日本というのは非常に共立しています。これはローマからロマネスク、そしてゴシック?ルネッサンスと続くイタリアと、縄文?弥生そして飛鳥?奈良?平安?鎌倉と続いていく日本。そういう全体的な美術史の関係もほぼ並行しています。そういう見方をする人は日本でも少ないし、向こうでもまだまだ普及しているわけではないのですけども、初めてこういう展覧会が開かれることによって、少なくとも並行関係の文化史というものがイタリアと日本にあるんだという議論をこれから展開していきたいと思います。

 残念ながら最高の作品が必ずしも展覧会に行かず、文化庁も2年間しか準備期間がなかったんですが、文化庁周辺を中心に地方仏を集めて、一応優れた重要文化財級のものを中心に全35点が出品されています。残念ながらジャーナリズム・マスコミあるいは巷の”日本ブーム”についての認識が、漫画とか日本料理などに偏っているために、一般的な人々が数多く来るかどうかはまだ分かりません。しかしこういうことをやることによって、少なくとも7世紀から13世紀までの彫刻が日本は世界一優れているということが認識されればいいという風に思っているわけです。

 いずれにせよ、日伊修好150周年(慶應2年=1866年に日伊修好通商条約を締結してから150年目)の記念すべき時に、文化庁はこれ一つしかやっていません。一方で皆さんご存じのように、日本ではカラバッジョ、ボッティチェリ、ベネチア派はもちろんミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ??たくさんの展覧会をやっているのですが、それがイタリアの文化財・文化活動省に非常にお世話になっているということがほとんど知られていないのです。そこに国宝級というか大家の非常な傑作が、もちろんそこまで多くはないですが必ず出品されているわけです。目玉が来ているわけです。ところがローマの日本仏像展では、ある意味で目玉がないという風に言われています。それでも湛慶の毘沙門天像(重要文化財)、それから維摩居士像(重要文化財)なんかが出品されました。後者は病気の一人の維摩居士が日本の僧侶をモデルにして描かれているものですが、八世紀の終わりにこれ程のものができた意義が改めて分かります。こうした意義は日本の皆さんも、おそらく知らないと思います。

 こういうことが教育でほとんど伝えられていないということで、日本のお宝を日本人が知らない。そういうことで、こういう優れた像があるというのを、まずはヨーロッパに知らせることになります。ドナテルロあるいはミケランジェロといったレベルでは、我が国にも運慶や(国中)公麻呂といった仏師がいるわけで、幸い解説本の中にもそういう写真が載っています。だいたい日本人は外国が良いと言うことで、初めて「そうか」と自分を認識するという悪い癖がありますから、このように本場イタリアでやるということは、紹介の意味があって非常にいいと思います。

 展覧会のカタログでは、私もイタリア側の執筆者として書いています。日本の文化庁は最初私を外そうとして、日本側の書き手としては載らないことになって、イタリア側の1人としてここに書いているという状態なのです。私の考え方が文化庁と異なるからです。彼らの日本文化に関する考え方には世界との比較の観点がありません。いずれにしても文化庁は、日本文化の世界への発信の仕方がまだまだ身についていない。そしてまだまだ一流のものを出品しないということ、それもやはり文化庁の大きな欠点だろうと思います。いずれにしても我々は、そういう問題にも取り組みながら学会の運営を進めてゆきたいと思います。

平成28年8月  当会代表理事/東北大学名誉教授 田中英道