代表理事 平成28年10月のごあいさつ

 先日ヨーロッパに行ってきました。皆さんヨーロッパというと今やテロ一色みたいなことが報道されていて、危険な場所だと言う感じがするので「気をつけろ」などと言われるわけです。でもそれはとんでもない嘘で、テロリズムの影響は何も無いのです。それは現代の資本主義が基本的にはきちっと保たれておりまして、各国のいわゆる経済的な問題もそれほど重要ではないということです。もちろんイギリスのEU離脱という問題も、結局何の影響もない。イギリスの経済自体も決して衰えているわけでは無い。つまり過剰な報道ぶりが現代人を混乱させる、あるいは常に不安にさせるという報道体制ができている。これはある意味で21世紀における新しい隠れマルクス主義、あるいは混乱を起こす作戦と言ってもよい。ですから基本的に、あのテロリズムを行っているところがどこかということがいまだに分からないのです。我々が「イスラム国」というようなことで、何か常にイスラム教のある種の犯罪を行なっていると捉えるように駆り立てていますが、なんら証拠がない。このことはイスラム国そのものがいかにおかしな状態にあって、そして実態がほとんど分かっていないというところに問題があるわけです。

 いずれにせよ9.11の問題から始まる虚構の世界というのが、今崩れつつあると言える。それで実態は、世界が安定してきて人々が非常に、各国のナショナリズムを消そうとしている人たちに対するひとつの大きな反動が起こっているといってもいい。ですから、それがひとつひとつの文化立国を目指している各国の潜在的な動きとなっています。今、観光で10億以上の人々が動いていると言われているわけです。そして、その半分の5億位が欧米系の人たちであるということも言われている。結局それだけ「文化」への飢えのようなものが人々を動かしている。現代の非常に貧寒とした文化・精神の中で、ある意味では無神論あるいはニヒリズムがいわゆる保守主義者の間でも飛び交っています。伝統的なものは皆消えたみたいなことが言われていて、そういうことが良いことで、ナウな年代性だと。それも全部作られたイメージです。

 もちろんマスコミがそういう手段となっていることは明らかですが、やはりフランクフルト学派といった、明らかにそれを狙った20世紀の大きな風潮が現代文化の中にもあることを見抜かないとダメなのです。我々日本という国は伝統と文化を一方で非常にきちんと残している国ですから、アメリカのようには無視できない。アメリカという国は、インディアンの文化も彼らが受け継いでいるのではないですから、どうにでもなるわけです。日本はそうはいかない。やはり日本の伝統と文化というものは厳然として残っており、そして我々の中にもあるということ。神道というものが、まだまだ私たちの中に生きている。そういうことをしっかりと認識し直さないといけない。

 私はアンドレマルロー学会の副会長をやっているものですから、実は今回パリにも行きました。アンドレマルローと言う人は『人間の条件』を書いた人です、清・ジゾールという主人公は日本人なんです。日本人とのあいのこになっていますが、マルローは日本人にある種の期待をもって20世紀を作り出そうとした人です。彼は日本に何度も来ていまして、最後は那智の滝の前で感動するわけです。今年はその死後40年を期して、パスカルも滞在したことがあるポール・ロワイヤルという修道院での学会に出席しました。もうひとつはローマで、この前一か月開催した日本の仏像展をこの後どうするかという問題を主催者側の人たちと相談してきました。そうするとイタリアあるいは他のヨーロッパの国で、ひとつはあのドナテルロやミケランジェロにも匹敵する運慶と慶派の展覧会を是非やってくれと。

 もうひとつは、イタリアでも最近有名になった『源氏物語』です。イタリア語から訳したマリアテレサ・オルシというローマ大学元教授と親しく話をして、それ以後の日本の絵画伝統を作った、絵巻から屏風絵までの『源氏物語』の展覧会を是非開いてほしいという事を言われました。 今ひとつは私のレオナルド・ダ・ヴィンチ研究の一環で、1989年に芸大の彫刻家の方々と一緒に名古屋の国際会議場に作った全長10メートル近くのスフォルツァ騎馬像があるんですね。これはレオナルドが、実は自重で倒れてしまうということが分からずにブロンズで作ろうとしました。それを我々はFRP(繊維強化プラスチック)という10分の1ぐらいの軽い素材で、彼の計画したデッサンを実現したんです。それを是非イタリアに持ってきてほしいという提案もあって、この三つの提案をなんとか実現しようと話しました。アメリカやフランスなどいろんな展覧会に回してもいいということで文化庁に相談して、そういう文化交流の実を上げたいと思っております。

平成28年10月  当会代表理事/東北大学名誉教授 田中英道