代表理事 平成29年5月のごあいさつ

 安倍首相が憲法改正を平成32年(2020)までになんとか通したいという話が出た今、憲法論が人々の間で非常にクローズアップされています。本当に今まで70年以上も放置されていた憲法を何とかしようということを、マスコミの方はいつもの通りいい加減な感じで揶揄しています。彼らは憲法擁護みたいなことを相変わらず言っているわけですが、もうそういう時代じゃないということも我々ははっきり知っているわけです。

 我々の学会として日本国憲法をどのように考えるかということは、これはむろん非常に重要な問題であります。たとえば天皇について「象徴」という言葉を使うことで我々はもう慣れてしまって、この前の陛下の御言葉でも象徴としての仕事が大変だというようなことをおっしゃったわけですが、私は象徴という言葉を使う必要はないと思っています。これは戦後アメリカが日本国憲法で”symbol”という言葉を使ったわけで、実を言うとある意味で軽い言葉だったはずなのです。”symbol”の意味は、思想的に言えば「何かの代わり」です。戦前アメリカ人の指導部は、日本が天皇を神としている。だから特攻隊なんかも出来たということをおそらく考えたわけです。天皇を絶対化して戦ったところがあったという風に認識したために、これを「元首」とか「統帥権をもつ」といった国家のスメラミコトというような言葉を使わせないために「象徴」という言葉を使ったとみています。ところが日本人はそれを真面目に受け取って、元来の天皇の存在の権威を「象徴」という良い言葉で言ったんだと戦後ずっと理解してきたわけです。そういう理解をいいことに、アメリカの方はある意味で天皇を打倒しようとした。天皇を軽く見させて、それを日本国民に単なる象徴である、本来の神というものではないということ言わせようとした。一方で我々は「象徴」という言葉によって、非常に権威もあるんだという逆の意味にとったわけです。西洋と我々日本の受け止め方が違ったというこの齟齬により、ある意味で戦後ずっと「象徴」の用語が使われれるようになってしまったということです。

 もうひとつ、現行の第9条にあたる条項は「平和の維持」という言葉よりも「国防の義務」ということを言うべきではないか。やはり国というのは必ず国防の義務があるわけで、そのことを言わないと国は守れないわけです。「平和の維持」と言うと、これは戦後的な言葉に過ぎてしまう。ここでは「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」ということが言われていますが、第二項では「軍」について触れている(「陸海空軍その他の戦力は…」)。先般安倍首相が第1項と第2項をそのまま残して、あとは「自衛隊」という言葉を使うと言われたのもひとつの案でしょうけれども、本来はそれではいけない。やはり「軍」、日本軍と書き換えるべきだと思います。

 先ごろ私は『日本の戦争 何が真実なのか』(扶桑社)で、これまでの日本の戦争もすべて自国の国土と国民を守るための戦争であったということを書きました。相手はロシアであったりアメリカであったりするわけですけれども、やはりそれは常に国民・国土の主権と独立を守るための戦争であったということです。例えば元寇なんかもそうです、やってきた敵に対して守ったわけです。日本側が勝ったわけですから、普通でしたら追跡して朝鮮半島に渡ってモンゴルまで攻めることだってできるわけです。そういうことは一切せず、守るだけで追い返しただけです。日露戦争も同じです、対馬沖に来たところでやっつけただけで、逆にロシアまで攻め込んだかというとやっていない。つまり日本の戦争というのは、そういう原則がずっとあった。戦後、満洲とかも侵略したじゃないかと言われるけれども、やはりあれも明らかに日本を守るということの原則に立って行ったわけです。

 「国防の義務」の次には、「軍の最高指揮権は内閣総理大臣に属する」すなわち軍に対しては文民統制の原則が確保されるということ、それから「軍の組織および統制に関する事項は法律でこれを定める」という風になればいいんじゃないでしょうか。ともかくも、憲法9条は改正すべきだろうと思います。平成32年までに憲法を改正するためには、皆さんもまた色々と考えていただく必要があります。実を言うと大日本帝国憲法制定の時も、農民も含めてたくさんの人々が草案を書きました。そうした研究についてはむしろ左翼側が利用して「人民が書いた」みたいなこと言っていますけれども、そうではなくて国家のため、天皇の国家としての日本というものを見すえて普通の人たちが書いたんです。国民(臣民)がみな関心をもったというのが、明治22年に大日本帝国憲法ができるまでの過程であったわけです。ですから、これは決して難しいことではないのです。国防の義務についても、きちんと触れている憲法を作るべきであるという風に私は考えます。

 つまり日本について、しっかりとした国家観をもち、何を守るべきなのかをより深く考える時期が来たんだと思います。

平成29年5月  当会代表理事/東北大学名誉教授 田中英道