代表理事 平成29年6月のごあいさつ

 私たちの会は、保守の立場の歴史研究者の学会ですが、当然、歴史事実の解釈、研究において、それに対応する政治的な動きにも、その立場から対処していかなければなりません。中国政府が「南京大虐殺」と称して日本を非難し、韓国政府が「従軍慰安婦」問題を日本批判に利用し、また日本の「言論の自由」について、国連人権理事会が非難する、といった事態に対して、毅然とした態度を取らなければなりません。歴史や現実を捏造したり、誤解していることに関して批判していかねばならないのは当然です。ただ歴史的事実の問題だけでなく、そうした歴史認識の違いが、左翼イデオロギー、つまり共産主義的、マルクス主義的な解釈であることを糾弾することも、歴史家として必要なことです。

 ただ政治運動と、学者の運動とは、区別しなければなりません。これは歴史家にとって本来大きな問題であって、もっぱら政治的な問題として取り上げて論争するということは、余りに時評的になりすぎ、学者のやることを逸脱します。落ち着いた学会的な研究を中心としてやっている我々としては、先走った時評的な動きは避けていきたいと思っています。じっくりと歴史を検討することによって、現在の保守の政治を学問的に支えていくことがこの学会の目的だろうと思います。

 その保守的な日本の知識人の泰斗であられる、渡辺昇一先生が逝去されました。心からお悔やみ申し上げます。私たちも歴史教科書の問題で、大変お世話になり、私たちの運動の強い支持者として、尊敬しておりました。また何度か、対談をさせて頂いたのも思い出として残っており、私のアメリカの戦時中のOSS「日本計画」を研究した本の推薦をしてくださったことも感謝しております。そして多くの日本思想や歴史の問題のご著書は、本学会の動きと軌を一にするものでした。

 ただ日本の思想や歴史をあれほど愛された先生のご葬式が、聖イグナチオ教会の磔刑像の前で、キリスト教徒として執り行われた問題は、看過出来ない問題と私たちに残されました。先生が日本の「知の巨人」として亡くなられたとすれば、日本の思想とその歴史認識をその立場から、どう考えればいいか、という問題です。

 学問を探求することは、私たち自身の研究者としの思想の問題を抱えているわけで、その意味でも、渡辺先生の死は、思想と宗教に関しての歴史認識の問題として、十分に議論すべきことだろうと思います。

平成29年6月  当会代表理事/東北大学名誉教授 田中英道