代表理事 平成30年1月のごあいさつ

2018年1月13日収録分代表挨拶

 新しい年が明けて、国際情勢は非常に緊張しています。北朝鮮の問題はどういう風に動くかということが、皆さんにとっても非常に心配でしょうし、国民全体の問題でもあるわけです。慶應義塾大学で開催された、北朝鮮についての公開シンポジウムに行きました。慶應義塾大学というアカデミズムの代表格と言っていい大学の、東アジア研究所というところが北朝鮮をどう見てるかということに非常に関心があったのです。

 『「招待所」という名の収容所』(山岡由美訳、柏書房、平成29年)という拉致被害者のことを書いた、ロバート・ボイントンというニューヨーク大学の教授が来られていました。5人ほどのパネル討論があって、ジャーナリストとか韓国人の方そしてボイントン教授が一人ずついろんな情勢分析をお話しされました。ところがジャーナリストが北朝鮮に行ったとしても、ほとんど取材の自由がなくて監視の下でしか調べられない。皆さんもご存じだと思いますが、ほとんど現実を見ることができません。良いところだけを見せるものですから、こういうシンポジウムをやったとしても、ほとんど新しい資料、新しい考察が感じられない。大学で現代史を研究すると、出てきた資料あるいは各国政府の公式見解といったものの範囲でしか研究しない傾向というのを非常に危ぶんでいます。大学での、突っ込んだ話をしたはずのシンポジウムに行っても、北朝鮮の情勢がまだまだ分からない。公式に出された文書を多くの方が一生懸命に読んで、それを解読する以外ないということを言うと、「なんだ我々がやっていることと同じではないか」ということになるわけです。外務官僚が水面下で交渉して日朝首脳会談を実現したという事は皆さんもご存じだと思うんですけども、この水面下がどういう風になっているかを知りたいのです。けれどもそれがなかなか現代でも分からない、後になって分かるということです。

 私は戦後史の研究もしていますが、例えばOSS(米戦略情報局)もGHQより前の、非常に重要な諜報組織であったわけですが、これについての研究はほとんどされていません。やはり公式に出た文書、様々な法律などを用いて研究する。ところが、それ以外は「証拠がない」とか「憶測だ」という風に排除してしまう傾向が日本の学界には非常にあるわけです。こういう現代史というのは本当に、いくらテレビを一生懸命観ても何も分かりません。テレビというのはほとんど操作されていますから、操作されている情報しか入らないし、こんなものをいくら観たって何も分からないということが分かります。ですから例えばトランプ大統領がツイッターでいろんなことを言っていますけれども、あれもある意味では裏があるわけです。こういう事は言ってもいい、あるいはこういう事を言えという人たちがいるわけで、そういう事が分からないと「こういうことをわざわざ言うのは何の効果があるんだ」などといってマスコミでは批判ばかりされてますけれども、しかしそれでもアメリカは全体が資本主義社会で、日本と共に資本主義社会が非常に安定してきて、非常に景気が良くなってきています。それから国家全体が、そういう意味で経済的にも向上しています。そういう状況がトランプ大統領や安倍首相のいろんな言説からはあまり窺われない、あるいはマスコミの言説では分からないということです。そういうことが、結局”裏の裏”を読むことの絶対的な重要性を示しています。そうしないと、現代がどうだということを語れないわけです。

 我々の分析というのは、例えば産経新聞にイラン問題と北朝鮮問題が並んで出てきたとしましょう。今非常に重要なのは、イランと北朝鮮なのです。これも実を言うと、本来アメリカはイラン問題に完全に特化したがっているわけです。両国とも、形式的には核兵器の問題です、イランも核武装をする。ご存じのようにオバマ大統領が核武装に合意をしてしまったので、それを撤回しようとして今トランプ大統領がやっているわけですけれども、その問題と北朝鮮問題はまったく並行して対処されているということを皆さんご存じだと思います。少なくとも新聞が、特に産経新聞がそういう事を書きました。しかしこの前、イラン国内でものすごいデモが起こりました。あれについてイラン政府は、完全に国外の勢力にやられたと分析しているわけです。ですから基本的に、イスラエル問題があるということをしっかり理解しているわけです。今これが本当に裏の裏の問題として厳然とあるという事を認識する必要があります。いつ北朝鮮が攻撃されるかということが、ほとんどこれにかかっています。今オリンピックがあるから休戦しているだということになっていますけれども、やはりいずれはやるだろうと思います。けれどもやはり、これはイランと連動しているということが非常に重要であるわけです。日朝関係は表面的な問題、あるいは韓国の大統領が何か非常に北寄りの話をし始めたりするといった現象にあまり囚われてはなりません。やはり政治家のその時々の発言は必ずしも真意が分からないところがあるわけで、やはり我々の過去との問題を戦後という歴史を考えながら分析するという態度をもたないとわからないという事です。

 さっきのシンポジウムの話に戻りますと、最後に上智大学准教授のカナダ人女性が女性の権利の問題を言い始めた時になって、日本批判を始めたわけです。けれどもその批判もひどくて、例えば安倍首相が東京裁判の戦犯の孫であると言い始めたりして、要するに過去の戦争犯罪の系列の中に現在の政治そのものがあるんだというような事を言っていました。後で「それが何の関係があるのか」と質問が出ていました。

 やはり日本は天皇だけではなくて、あらゆる政治が伝統と文化の中で行われてるということ。そして、我々がしっかりと認識して守るべきものがあるということ。こういうシンポジウムを聴いていると、そういう事をほとんど否定的に見ているのに対して非常に残念な思いを新たにしました。やはり大学がこういうシンポジウムをどんどんやって、批判的な学生ばかりを作っていくということが、ある意味で戦後支配的なフランクフルト学派の理論ですから、こういうものを根底的に検証しながら我々の新しい学問を作ってゆくしかないという風に思っています。

平成30年1月13日:当会代表理事/東北大学名誉教授 田中英道