代表理事 平成30年8月のごあいさつ
2018年8月11日収録分代表挨拶
最近、いろんな方がお亡くなりになるわけですが、皆さんがよくご存知の津川雅彦さん。この方は俳優の方ですから、あまり学会とは関係のない感じを受けますけれども、実は、彼は後援会を組織しておりまして、安倍首相も時々やって来ます。俳優にしては珍しいというか、ものすごい勉強家でありまして、その時代の優れた本を書いた方を呼んで、聴衆は津川さんのお弟子さんや、所属する事務所の方――俳優が多いわけですが、そういう方に勉強してほしいと言うことで会を開かれています。
彼は最初は『太陽の季節』のような感じでデビューして、石原裕次郎と一緒に出てきたりするタイプの人だったのですけれども、『プライド』という映画で東條英機役で出演しました。おそらくそれがきっかけで、非常に政治とか日本のことを考え始めたのだろうと思われます。ご覧になった方も多いと思います。
ちょうど戦後の日本人のあり方の、ある種の典型のような気がするわけです。つまり最初は解放感と同時に日本全体がアメリカ化といますか、それと同時に左翼化するといいますか――私も学生時代そうだったのですけれども、日本自体がある意味での「民主主義の中で、それが次第に落ち着いてくる。そして日本のプライドと言いますか、日本の伝統文化を考え始めるべきではないか。津川さんという方は、そういう思想の流れを実にうまく体現されているように思います。
そして最近は拉致問題のポスターにも彼が顔を出して、日本人の存在をしっかりと持つべきだという考え方が顔にあふれています。私が出した『日本人の知らない日本の道徳』という本を、津川さんが激賞してくれるということがありました。この本でおもしろいのは、「人間だけが老人になる」と言っていることです。その老人というものが、人類史のトピックである「老年期の出現ということです。すべて生物は繁殖していきます。動物もそうですが、人間もそうです。そして長く種を保ってゆこうとする。そういうひとつの本能があるわけです。ですから繁殖期を過ぎるとだいたい役割を終えて老年期に入って、そしてその役割を終える。そういう事で、多くの動物はグループからだんだん捨てられて、ひとりほかの動物の犠牲になる――そういう死に方をする動物も多いのです。しかし人間だけは、そういう自然死と言いますか、老人になって動きが鈍くなってもほかの動物の犠牲になるという事は無いわけです。少なくとも、その人間の老人の役割というのは、非常にのユニークなあり方になっている。結局、老年期の出現が老人を尊敬されるものとする。大体動けなくなり、老人というひとつの余った時期というものが一体どのように扱われるべきかということになるわけです。それはやはり、ある意味で文明の大きなメルクマールと言いますか、それをどういう風に活用するかということです。
私はルネッサンスの研究をやっております。「ルネッサンスというと、皆さんは明るい理性の始まりのような、文化とか個人主義の始まりの様なことを言って、あたかも近代がそこから始まったように思われる方も多いと思うのですが、実際に研究してみると、実はそうではないのです。これはどういうことかと言いますと、ルネッサンスというのは、ミケランジェロもレオナルドダヴィンチもそうなのですが、結局、メランコリーという思想を非常に重んじるのです。メランコリーというのは「憂鬱」です。人間が四つの世代に分かれる、いちばん若いのが青少年。2番目は壮年期、3番目は中老年期、これ40歳から60歳くらいかもしれません。壮年期というのは30から40。人によって違う事はあるでしょうが、これはギリシャ時代から人間というのは、四つの世代に分けられるということが西洋ではだいたい定説になっています。これでルネッサンス期でも各時期の顔を描くことが、ある意味で人生を描くことの基本になっていた訳です。こうした意味で、老年期がいちばん創造的な時期であったのです。
皆さん、ルネッサンスは勉強すれば勉強するほど深いものがあります。例えばレオナルドダヴィンチは自分の顔を書くとき、それを書いた時点では3~40歳――少なくとも中年だったのですが、自分を老人の顔に書くのです。つまり、それはどういうことかというと、老人の時期こそが最も創造的な時期だと。今は考えられないでしょう。アメリカの影響を受けて若い恰好をすればいいんだ、そしてエネルギーがあればいいんだというような、そういうことで日本人が皆そうやって若い格好をしたがる。お婆さんまで厚化粧する、そういう事をする必要がないんだと。結局、しわくちゃの老人でも、しっかりとそこに創造性があるんだということをルネッサンス時代は言っています。このことが日本にも当てはまります。日本も実を言いますと、老人の顔というのはすごくいい顔している。例えば三十三間堂の婆藪仙人(ばすせんにん)とか、摩和羅女(まわらにょ)とか、美術を分かる人がすぐに思い浮かべるのは、優れた知的な顔は全部老人の顔なのです。これが少なくとも近代以前は大きな定説であって、そういうもの造るという事が芸術家のひとつの目的だったのです。
ところが近代という時代において、ご存知のように「合理性だ」「理性だ」「自由・平等・博愛だとやったために、そういう観念が最初になったために、結局、人生のサイクルというものが本当は人間にとって一番大事だというのは忘れ去られて、抽象的な指標が出てきてしまいました。そういう社会の問題だけが出てきてしまって、人間それぞれの生にとって大事なことがどんどん忘れられてゆく。そして後は、労働する力というものは若い時だ、という風になってしまって、老人というのはただ引退して、ぼやぼやしているという感じにさせていったわけです。これも非常に歴史的な問題です。近代になって老人がどんどん力を失ってゆく、そういうことがありました。実を言うと、その近代というのは嘘なのです。近代という概念で「個人主義だ」「個人の力だと主張したために、それまで存在した人生のサイクルが狂ってきて、だんだん動物に似てきたわけです。力が無くなったら後は弱肉強食で食われるだけだ、という観念が出てきた。ところが、今の皆さんは60歳以上、いずれ90歳までも生きるつもりの人が多い。そうすると60歳になってもあと30年ある、あるいは40年あるとなると、そこがひとつの大きな区切りになるわけです。
ところで実を言うと、2016年にローマでありました仏像の展覧会に津川雅彦さんが非常に協力してくれました。仏像というものは、先ほど少し触れた、老人の姿として非常に優れたものです。津川さんとは実は、二人で京都と奈良で仏像巡りをやったことがあります。彼は京都出身で、京都の俳優の非常に長い伝統の中から生まれてきた根っからの俳優ですが、奈良の仏像なんかしっかりと見たことがないと言うのです。それ以後、彼は文化、文化と言い始めました。彼は非常に感受性が強い方で、それ以後美術を一生懸命見ることによって、日本の歴史というものはやはりそういうものでしっかりと支えられているんだということを認識されました。
その前からも言われてますけども、それ以後は彼が非常に文化について強く言った。いずれにせよ、こういうものが歴史であって、日本であるということを津川さんは非常によく示して下さいました。いずれにせよ、ある世代と言いますか、皆さんの世代を代表する俳優が亡くなったので哀悼の意を表したいと思います。
平成30年8月11日:当会代表理事/東北大学名誉教授 田中英道